無頼派の安吾戦後のニヒリズム
坂口安吾や、花田清輝をよく読んでいたころの作。ニヒリズムは悪魔の誘惑で、心地よいベッド。人生を右往左往していたころが懐かしい。
今日は長女と家内の3人で、スーパー銭湯で半日寛ぎ、夕方は次女夫婦の接待で、食事会に誘われ、焼き肉をご馳走になり、最後は次女の娘が、ヒップホップダンスとヨガの教室を開いたので...【続きを読む】
子や孫に掘らしてならぬ松根油
小学校も高学年になると、松の根を掘りにいかされ、空襲警報が鳴ると山陰に隠れ、解除になるとまた掘り出す。子供も先生も必死であった。そうかと思えば、防空壕まで、掘らされた。8月に入ってからは、大本営は本気で、本土決戦を考えていた。どうやら、令和の2.3年のうちに9条は、骨抜きにされそうな雰囲気だが、一強...【続きを読む】
たてまえと掛け声だけの安全旗
今日何十年か、ぶりに会社の後輩に出会った。彼と仕事をしていたころから安全がやかましく言われだした。ツール ボックス ミーティングの後、ヘッルメットよし 足元よし ご安全にと掛け声をかけて、仕事にかかったものである。それも長い事やっていると、標題の句のように、建前と掛け声だけに、になったことを今思い出...【続きを読む】
へび苺食べてアダムとイヴになる
へび苺食べたのは、遠い昔の事。今ではそんな元気はないが、それでもそれなりに、生きているから、男とはいい加減なものである。「華岡青洲の妻」の2回目を読み終えたが、青洲の麻酔薬研究には、妻も親も兄弟も犠牲にして打ち込む。その癖妻の加代には3人の子供を孕ませ、欲望はそれなりに満たしている。本当に男とは、自...【続きを読む】
なにくそと老化の足へ一万歩
標題の句は、平成最後4/29の新聞柳壇に掲載された句。今月4月の平均1日当たりの歩数は、7.802歩。私のウオーキング歴は2000年1月1日に始まり、その時、地球1周4万キロを10年で歩くことを決心し、8年10か月で達成。それから、2回目の地球1周を目指しているが、あれから、約12年経った時点で、2...【続きを読む】
九条を甘く見ているPKO
この句を作った頃には、イラクへのPKO派遣が問題になっていた頃の事である。しかし今では、PKOは普通になって、問題にもならない。アメリカとの武器購入の契約をしたと新聞は報じていた。10年20年のスパンで、近代史を見てみると、確かに日本は戦争に近づいているように見える。
町内のGG大会があったので参加...【続きを読む】
葉桜や忠義桜の院の庄
社員旅行の時に立ち寄った、忠義桜の故事を忍んで一句。言葉を並べただけであるが、アルバムをめくれば、懐かしさがひとしおである。
広島県一円から、ハーモニカアンサンブルに、200名近い人が集まってきた。楽屋でのリハーサルにも、力が入り、本番は開...【続きを読む】
眉上げて正論の友命絶つ
小学生の子供二人を残して、友達が命を絶ってから40年も前の事である。徹夜で飲み明かした彼の口からは、しょっちゅう三島由紀夫が口の端の上ったのを思い出す。それに引き替え、私は万節を穢しながら生きながらえ、家内の面倒を見ることになった。これも一つの生き方だと思い、老骨に鞭打って頑張っている。
家内は今日...【続きを読む】
Loading...





































