ほどほどの苦み和食に欠かせない
家内と一緒によく、回転寿司へ行く。理由の一つは、家内が握り寿司が好きだと言うことは、もちろんだが、一皿づつ取るので残しようがないので、便利である。牛丼屋へ行って、ミニ丼を取っても残すし、ラーメン屋、飯屋へいっても、自分で取った、おかずでも残すので、大変である。その点、回転鮨屋はそれがないので助かる。...【続きを読む】
タクシーのバックミラーが気にかかる
運転手からは見えても、後部座席から見ない見えないバックミラー。なんだか心地が悪い。そのため、私はタクシーに乗ると必ず話しかける。特に初めての土地の、タクシーはなおのことである。
時過ぎると
1か月振りのプール。500mでやめる。
家内が風邪をひいたらいけないので、羽毛布団を出してやる。
今日はの散歩...【続きを読む】
亜米利加の機嫌で風邪をひく日本
明治維新の日本人は欧米に学んだが、ペコペコはしなかった。ロン・ヤスに始まり、小泉元総理も安倍元総理も、米大統領と特別な関係を持ち、国会の承認を得ず、莫大な兵器の購入を約束していた。岸田さんも果たしてどうなることやら、総裁選のときの発言と、総理になってからの発言はほとんどマギャクになったような気がする...【続きを読む】
仏像も伽藍もサイケ青丹よし
風変わり日本史の先生が言うには、飛鳥時代にわたってきた仏教が、急激に日本で広がったのは、お堂も伽藍も赤色ね塗られ、現代調で言えば、サイケ調で民衆の度肝を抜いたからだという。その先生の訃報が届いた。享年95歳。
初めてコメダと言う喫茶店へ娘に連れて行ってもらった。少し贅沢な気分を味わった。
家内ディ...【続きを読む】
無理無理と小五の孫に夢がない
外孫が、聞けば23才だと言う。小五の頃から中学、高校、専門学校とダンス一筋に続けてた、娘が、自宅に隣接して、ダンススタジオを開いた。親は親ばか、爺さんは爺バカで応援は惜しまない。コロナでごたごたしたようだが、今は落ち着いて居る。掲載句のころから12年。世の中分らないものである。それだけ、爺は年とって...【続きを読む】
手で揉んで食べ時せかす吊るし柿
散歩していると、あちこちで吊るし柿を干している。子供のころは戦時中で甘いものに飢えていたので、よく干し柿をしたものである。親の目を盗んで、手で揉んで先に食べよく叱られたものである。
話しは変わるが、終戦直後、豪州塀が進駐してたところへ行って、アイム ハングリー ギブ三― チョコレートと言ってもらった...【続きを読む】
これからの話をしよう奈良の酒
東大寺の話しもよが、せっかくの奈良の酒だ。歌はポップス、歴史は近代史、小説はチャタレー夫人の恋人にかぎる。
坂口安吾の「信長」が、もう少しになった。うつけ信長の生い立ちいから、桶狭間の戦までの話を、アプレゲールの無頼派と言われた坂口安吾の手に罹れば、異色の信長像が浮かび上がる。
差し歯が2本抜けたの...【続きを読む】
生きてるだけでも進んでいくページ
認知症で少し歩幅は狭くなったが、私と同じように、明日のページは平等にめくっている。私は認知症ではないので、家内を役立たずと思うから、腹も立ち、大きな声も出す。ここは家内と同じ目線で生きれば、荒げたい声も、少しは静かになる。それでも、自分の家内が急に、物忘れがひどくなったら、戸惑いもするし、大きな声も...【続きを読む】
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