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完治さんのブログを開いたら終戦直後、ヤミ米は食わぬと、飢え死にした裁判官のの話と賭けマージャンをやった検事長の話が載っていたので、読んでいたら、急に昭和20年5月から8月頃の空襲の事を思い出した。呉湾を囲むように、灰が峰が連なっており、能美島江田島、倉橋島、下蒲刈島の島々が連なっており、そこの一番高い山の上には高射砲や、高角砲を据えた砲台がった。B29の空襲の時には、一斉にその高射砲から砲煙の花が咲く。砲台からの砲煙は、白色で、軍港に停泊していた空母や戦艦から撃った砲煙は、桃色であったが、いずれも、B29には届かず、B29は悠々と飛び去って行ったのを防空壕の陰から見ていたものである。さりとて、グラマン戦闘機にたいしては低すぎて役にたたず、それでも、大本営は、まだ一億玉砕のスローガンを捨てていなかったようだ。

万歩計は3.837

 

 

 

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