この句は亡き八島白龍氏はら頂いた、短冊の句である。晩年は後継者の問題で、迷走したことはあったが、戦後の三原に川柳を根付かせた、第一人者でもあることは間違いない。また岸本水府氏の、句碑第一号を、三原市東町の、曹洞宗の松壽寺に、酒どころ三原良いとこ冷でよし を個人で建立したのも、白龍氏である。このことは、田辺聖子の「道頓堀雨に別れていらいなり」の本にも記されている。白龍さんの句碑は三原市高坂町、臨済宗仏通寺派大本山仏通寺の境内に、人生へ空の一字を彫りつづけ がある。
先だってハーモニカ教室へ、三原テレビが取材に来て帰ったのを、今日放映されていたのを、偶然に家内と一緒に見た。実際に私がアップで写っている動画を見て家内も喜んでくれた。
台風24号にため、三原市が早々と避難所を開設したと言う放送があったので、家内が、いつ避難しないといけないか、わからないのにと言うので、蛸壺の川柳大会は失礼させてもらった。自分の物忘れがひどいことがわかっているので、一人になるのが不安なのかもしれない。私も今は家内ファーストの生活をするように努めている。ウオーキングは雨の合間にやって、万歩計は、7.668歩
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