金曜日の晩は避難所で一夜を明かし、土曜日の朝自宅に帰ったら、すべてに異常なしで変わったことはなかったが、時間がたつにしたがって、三原市のほとんどが断水し、給水場所は、三原市の中心部にたった3か所、車のない高齢者は、給水場所まで行くすべがない。コンビニもスーパーも、水を筆頭に生鮮食品、パンに至るまで売り切れ。入る予定はわからない。その上、レギュラーガソリンまで品切れと言うありさま。
幸い我が家の団地の20軒くらいはなぜか断水にはならず、今でも普通に水は出ている。そうこうしているうちに、12キロくらい離れた本郷の娘から電話があり「父ちゃんち水が出る?」「内は電気も水も普通に出るよ」と言うと「我が家は断水・停電が3日も続いて、風呂に入ってないのでこれから、入りに行くよといって、親子3人がやってきた。娘らが風呂に入っている間に、婿の話をスマホの画像と一緒に見ながら聞いていると、国道二号線は不通になっているし、本郷の中心街は床上浸水はざらで、ちょっと離れた低地部では、一階部分は水没と言うありさま。婿は東広島の会社に行っているが明日から行く術が無いと嘆いていた。
帰った後散歩に出たら会う人ごとに、断水の話になり、懇意な人、2.3軒に電話をしたら、みな断水だと言うので、2㍑のペットボトルに10本詰めて、5本づつ2軒に配っておいたので散歩どころではなくなった。
そんな具合で今日は何か落ち着かない一日だった。今日は皆さんのことを思って、残りご飯に、レトルトカレーを温めてすませておいた。なんだか空襲の後のご飯のようであった。万歩計は7.083歩であった。
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