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六日の午後八時ころは町内放送で、しきりに避難勧告を進めていたが、いつも通り聞き流していたが十時ごろには、避難指示が発令されたと繰り返し伝えていた。そのころの雨は、ちょっと異常で、バケツをひっくり返すほど降っていた。私が土木事情に携わっていた、昭和四十二年に、三原市でたくさんの死者を出した、山崩れの事故がった。この地区でも、山崩れで一人死亡したのを思い出し、その時よりも、雨がひどいので、家内と一緒に車で避難所に入った。

体操用のマットの上で、支給された二枚の毛布を掛け、携帯ラジオで、大雨情報を聴きながら、いつの間にか眠っていた。二時半トイレに起きたときは、まだ起きている人や、眠っている人それぞれのかたちで眠っていた。私たち夫婦も長い人生の中で初めての経験をさせてもらった。六時半に起きて、乾パン状のビスケットと水をもらって朝食を済ませ近くの川を見に行ったら、

水路半分くらいの所を、濁流が流れていた。関係者はもう二、三時間避難を続けるように勧めたが、家内が楽にないと言うので、帰宅したが、家は何事もなく無事であった。

傘をさしても濡れる様な雨が続くので、テレビを見たり、内業に精を出す。夕食後は少し小降りになったので、いつものコースを歩いていたら、写真のように大変なことになっていたので、少し迂回をして帰る。万歩計は7.256

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