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新聞に作家、出久根達郎氏が、「人に言葉あり」連載を続けて今回50回お目。今回は、麻生路郎について、書いてあった。「文筆一本で生計を立てるのは容易でない。八十年も前の世であれば、なおさらだろう。しかも、小説ではなく、詩歌でなく、川柳で飯を食おうと言うのである」と著者は言っている。「川柳職業人」宣言したのは、「川柳雑誌」の主宰者・麻生路郎である。昭和11年の事。同人仲間でもめたり、くさしたりしていたら、質の向上は望めない。社会的評価も低い。専門家不在の世界は発達しない。麻生は「川柳雑誌」を同人制でなく、個人経営とし、川柳のプロを名乗った。そして昭和40年に76歳で亡くなるまで、「川柳職業人」を通した。と著者は述べている。そのことがみんなに受け入れられなかったのか、もう30年近く前になるが、三原の川柳界の重鎮であった、故八島白龍氏は、麻生路郎のことをよく言わなかったのを覚えている。戦後では、時実新子が川柳大学で、プロの養成を試みたようであるが、新子の死後あまり話題にならないようである。「川柳雑誌」の流れを汲む「川柳塔」も、路郎が言う意味でのプロはいないようである。武家社会の流れのせいか、昔から「商売人のようなまねをするな」とある種蔑むような風潮があったが、今ではプロということに抵抗はなくなっていると思う。しかし、著者ではないが、川柳で飯を食うと言うことは、誰にでもできるものではない。

小学校地区単位のGG大会。優勝は4ゲーム68.入賞6位が78.何ともレベルが高い。私は80.自分としては得心のスコアであるが、入賞の壁は高い。

万歩計は8.326

 

 

 

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