今年はことのほか、新聞やテレビも、72年前の事を証言する、活字や番組が多かったように思う。実際に体験した人は、もう85歳を超えて、そんなにはたくさんいない。私の知り合いの看護婦さん、88歳も明後日19日の三原市文化ホールで、8月6日の当日、軍の命令で広島に、救助入った時のありさまを、厚生省のお偉らさまの前で証言することになっている。
冒頭の句は、8月16日の中国新聞に、作家、半藤一利氏が紹介した、俳句である。説明によると、先日、ある俳句雑誌でこんな句を見つけて、思わず唸ったと言う。作者名も書いてあったがあえて書かない。なぜならこの話を友人の俳人に話したら「その句は『八月や』を『八月の』『八月に』、などと変えていろいろな人に作られていて、俳句の世界では有名なんだよ」と聞いたからである。私は冒頭の句に、半藤さん唸ったと言うのはもっともだと思うが、半藤さんの友人の俳人の方の説明にいささか疑問を持つものである。確かに、短詩系文芸の宿命ともいえる、助詞一つ変えて似たような句はいくらでもできるが、その弊害だけをことさら強調すれば、せっかくの句が、半藤さんも最初読んだ時の感動も吹き飛んで、掲載句そのものまで否定することになってくる。冒頭の句の名誉のために言っておくが、この句の上五に「や」ははずでない。「の」や「に」では駄目である。
原爆の句で私が記憶に残っている句は、たしか番傘で、長崎の人の句であったと思うが、「どげもんか煮え湯飲んだらわかるじゃろ」である。原爆の句でこれを超えた句を私は知らない。
今日はプール60分万歩計10.336歩。
Loading...
















































お邪魔します。
仰るとおりでしょう。この句の場合は、「や」でないといけません。「八月や」の「や」です。ここで切ります。
今日のテレビのプレバトでもやっておりましたが、助詞一字の大切さを改めて思います。
はい、失礼いたしました。
哲男さま こんばんは
返信ありがとうございます。昨日の件あまり腹が立ったので、勢いに任せて書いたあと、少しは後悔していたのに、専門家に、賛同してい頂き少しほっとしているところです。これも平成24年6月から、53回、江畑哲男の文法力(川柳マガジン)を読ませて頂いたおかげと感謝しています。こっれからも、間違ったことを書いていたら遠慮なく指摘くださるようお願いいたします。