
一銭二銭の葉書さえ 千里万里の旅をする いくら主さんと呼んだとて 19の春

5円の時代までは 出した記憶も 貰った記憶も あります 料金改定の都度 サイズが大きくなるのを良心的な言い訳と 解釈していました 表面に通信文が書ける範囲の 指定がありました つい最近まで 葉書に400字 ほど書く 友人がいました メールになって 寂しい思いです

川崎市に転居した我が家に 長野県駒ケ根の知人からの 東京都川崎市下沼部 の宛名の葉書が配達されました 川崎市は大雑把東京方面 なのです 知人に限らず こんな勘違いは多かった気がします 番地が少々異なるくらいならば キチンと届けられる 配達員の地域の認識と親切さ にも 頭が下がる時代でした ことによると 僕の恋人も 東京方面であったのでは
料金不足の郵便物 a差出人として戻された経験 b不足分を負担して受け取るか否か問われた経験 c 不足分の切手を添付して 郵便局に送る葉書が添付されていた経験 があります 時代による変遷 場合による変化 があるようです 訪ねたけれど留守だった という文面の葉書が 同じ千駄木の鴎外から漱石に出された という記録が残っています a封書に85円の切手を貼りました b勿論負担して受け取りました c投句の葉書です
その千駄木の昨日今日の風景です

Loading...
















































