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2017年6月17日

双葉吟行会(銀座)

六本木にて

 

 

川柳会・双葉の吟行会(銀座)へお邪魔した。以前からのお約束の
「川柳歴史のあらまし」のお話をするため もあった。
以下に 道中記を。

170617双葉吟行会(銀座界隈)に参加   山本 由宇呆
銀座の裏側に歴史を見る            山本 由宇呆

2017年6月17日(土)双葉の吟行に参加した。銀座はしみじみ見たこともなく、あまり興味もなかった、というのが本音。地方の学生だったので、東京といえば、神田の本屋街、上野の鈴本界隈(落語には目がなかった)ぐらいか。東京に就職しても、千葉と松戸の工場を行ったり来たり、東京晴海の本社に3年ぐらい在籍したが、二十四時間闘うモーレツ社員の時代で、パチンコだけはやったが、酒、麻雀に縁がないままに定年。
定年後、川柳に出会ってから江戸の歴史に興味が出て、この日の吟行もそういう目で見ながらの銀ブラだった。(中央区文化財サポーター協会員というガイドさん付き)

京橋駅下車。京橋エドグラン構内1F集合、そこで「中央区文化財サポーター協会」のガイドさんと落ち合う。この「京橋駅」がビルの構内に地下鉄の改札が設けられた最初であるらしい。今風にキャッチフレーズを作るなら「地下鉄に乗りに〇〇屋へ行こう」というところか。
「京橋」の地名の由来は、1875年(明治8年)東海道である中央通りの京橋川に、石造りのアーチ橋が架けられ地域のランドマークとなった。翌年には、京橋から新橋にかけて煉瓦街が完成し、やがてモダンな銀座と従来の町並みが残る守旧的な日本橋の接点として位置づけられるようになる。1931年(昭和6年)に、町名としての京橋が誕生した。1959年(昭和34年)に京橋川は埋め立てられ、親柱を除き撤去されることとなった。
みみっちく残す京橋日本橋   由宇呆

銀座に入れば「銀座発祥の地碑」「煉瓦銀座の碑」、「ガス灯通り」を通って、日本最初の「電気灯柱」へ、2000燭光のアーク灯だという。(アーク灯は、2極間のアーク放電を照明に用いるもの。後に活動写真の光源に使われる。現在は別用途の電気溶接に使われている。2000燭光は何ワットの明るさかという疑問には、燭光とワットは定義が違うので単純比較は出来ないのだが、仮に1燭光=1ワットとすると、2000燭光=2000ワットで、かなり強い。そのため、長く見続けると、目に障害がでる。今の電気溶接は目の保護のため、必ず濃い色の防護マスクの使用が義務付けられている。ガス灯はガスが弱く吹き出している処に火を近づけて、直接点火して照明にする。そのため「点消方(てんしょうかた)」という専門職が、点灯棒で夕方ガス灯を点し、翌朝その火を消した。割れたガラスの補修や清掃なども、点消方の仕事だった。当時の花形職だったかも。朝寝坊をすると支障が起きるので、点消方は女房持ち(既婚者)が前提だった。)
点消方の妻の切り火にもどかしさ     由宇呆

ちょっとした薄暗い路地の片隅にお稲荷さんがある。頂いた「中央区ふれあい街歩きマップ銀座」に、7か所出ている。(幸稲荷神社、銀座稲荷神社、朝日稲荷神社、歌舞伎稲荷神社、あづま稲荷神社、宝童稲荷神社、豊岩稲荷神社)縁日は「午の日」、旧暦の初午(新暦では2月)は大祭である。土地の商人などの信仰が厚い。
(伊勢屋稲荷に犬の糞(どこにでもあるありふれたもののたとえ。)
徳川家康が江戸幕府を設けると、伊勢の国(今の三重県)出身の商人が陸続と移住してきて、それぞれ伊勢屋の暖簾をかかげ、商売の神である稲荷を祭り、新開地で物騒だから犬を飼うので、道端に犬の糞も多かった。当時の情景をイ音でいった語呂合わせのことば。同義語、江戸に多きものは伊勢屋稲荷に犬の糞/江戸名物伊勢屋稲荷に犬の糞)
ガイド待たせてお稲荷に手を合わせ    由宇呆

ここまでで 第一部 終り。残りは次回。 お楽しみに。



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双葉の吟行会へ参加”にコメントをどうぞ

  1. 太田紀伊子 on 2017年6月25日 at 7:52 PM :

    山本由宇呆さま
    楽しく読ませていただきました。
    銀座の裏側に歴史を見る     山本 由宇呆 私も23日銀座5丁目あづま画廊で6時間過ごしました。あきやまの下の弟の遺作展でした。愛媛から山梨から大阪からいろいろな方が見に来てくれましたのにはびっくり…。さすが銀座でした。

    点消方の妻の切り火にもどかしさ     由宇呆 点消方というお仕事も初めて知りました。解説ありがとうございました。パートⅡが楽しみです。 

    • 山本 由宇呆 on 2017年6月25日 at 8:53 PM :

      太田紀伊子 さま
      ご無沙汰しております。
      お元気のご様子、何よりです。
      何でも 裏側は面白くなるもので、
      野次馬根性は まだ健在です。
      では、また。  由宇呆   拝 

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