広すぎて海が入らぬ一行詩
月日は百代の過客にして,行きかうトシもまた旅人なり。「奥の細道」の書き出しである。俳聖に倣えば私たちは毎日旅をしているわけだが、それでも今日は「旅の日」だという。日本旅のペンクラブ(旅ペン)が芭蕉の出立にちなんで定めらという。外出も控える今は、ピンとこないけれど、「旅の日川柳」を募っている、旅ペンが...【続きを読む】
上流で堰き止められて川が痩せ
去年は西日本豪雨で、アユの放流はなかったが、今年は例年通り放流することができたと、テレビニュースで報じていたが、例年なら、近くの幼稚園の園児と、一緒にやるのに、今年はコロナで、漁協の人数人で行ったという。コロナは、生活の隅々まで、悪戯をしていけない。今日大方の県は、解除されたようだが、今までと同じよ...【続きを読む】
おはようで今朝も追い抜くウオーキング 泉比呂史選
比呂史さんも、もう亡くなられた。あの頃は、ウオーキングでたいがいの人は追い越していたが、今はほとんどの人に追い抜かれる。それもそのはず、4日ほど前からウオーキングには、杖を突くようになった。歳は取りたくないものである。
GGの日。4ゲーム87でボロボロ。スコアはボロボロでも、歩数だけは、稼いでくれる...【続きを読む】
背なばかり掻いて出世はせずじまい
この句は、相生市民もみじ祭りの大会で、福山の高橋はるか選で入選した、私の句である。はるかさんは、福山渦句会の重鎮であったが、もう15年くらい音信は途絶えている。
家内のデイサービスの間に、家の周りの草刈りをした。植えたかぼちゃも、キュウリもまだ小さいか、実をつけた。トマトは花が咲いたがまだ実の形は見...【続きを読む】
足摺の旅へ虎彦読み返す
2002年、四万十であった大会で、恵美子さんに選んでもたらった句である。出所は23歳の時、定時制、仲間と、自転車で四国の西半分を回った時、田宮虎彦の小説「足摺岬」の小説を、全員で読んでいったことがある。特攻帰りの若者が、戦前と戦後のカルチャーショックの中で、歩き遍路に出て自分を見つめ直すという。作品...【続きを読む】
Loading...





































