濁り酒飲んで自説は曲げぬまま
正論を曲げず、野に下った日の淋しさが一人どぶろくを飲んで酔いついぶれた日の事が、昨日のことのように思い出される。どこまで損を担いだら気がすむのだろうか。若い日の刑事の声が耳を離れない。「君の身分を保証する」へ、私の良心を切り売りすることはできなかった。
久しぶりに電気治療と痛み止めの皮下注射。
晩飯...【続きを読む】
五月晴れ町内会の運動会
町内会運動会へ老人喜楽会の会員として家内と一緒に参加。小学校1.2年の児童と一緒に、玉入れ競技に参加して、いい汗をかいた。丁度12時に終わったので、昼食は、すき家の、うな牛を食べて、昼寝。その後テレビでカープ観戦。8対1で勝った。その後テレビが勝ったのを、繰り返しするので、相撲を見...【続きを読む】
柳友に遭えてよかった井原線
柳友の車で矢掛の川柳大会に参加することが出来た。多くの柳友に声をかけてもらい参加してよかった。家内のデイサービスは普通8:30頃なのに、今日は私の川柳の為に7:30に迎えに来てもらった。そのせいか、送り届けてくださった職員の話によると、今までとは少し落ち着きがなったと言っておられた。そのせいか帰った...【続きを読む】
挨拶が机の上を飛んでいる
慣れぬ挨拶で、机の上に置いた原稿も、とびとびになって、辻褄が合わなくなる。格好つけるのもいい加減にしないと大恥をかくことになる。昔昔の話である。
GGは今日はコンペ。3ゲームで66.で8位。7位なら賞金があったのに残念。
午後は本年度1回目の、老大民謡教室。熊本県民謡の「田原坂」
晩はカレーで済ます...【続きを読む】
戦時中仇のように食べた芋
芋とは勿論サツマイモのこと。米がないので来る日も来る日も、食べるものと言えば、サツマイモであった。鉄の羽釜で炊いた、サツマイモは、底に飴のようなものがくっつき、特に冷えた釜の底の芋を好んで食べていた。私の記憶では、戦時中より戦後の方が、食糧難はひどく、そのサツマイモさえ、十分になかった。立派な和服や...【続きを読む】
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