愛ちゃん涙ご苦労さまでした
今日のウオーキングは久しぶりの、河口の川土手を90分ほど歩いた。丁度6分満ちの潮で、夜釣りを楽しむ人が5.6人居た。上の写真は、その時、河口を漂っていた灯りを、なんだろうと思ってパチリとやったら、中に蝋燭が灯っていていた。灯篭流しにしては少し気味悪い代物であったが、しばらくすると風に煽られて、蝋燭...【続きを読む】
やっさ祭り~三昧道踊り
やっさ祭りは、4500人総踊りと、2尺玉の大花火で14日に終わった。16日は恒例のちんこうかん踊り。これは念仏踊りの流れを汲んだ、雨乞いの踊りで三昧道踊りと言います。ぞくに、ちんこんかん踊りと言って、本来の意味は、漢字で書くと、竹根乾(ちくこんかん)といって、竹の根が干からびるほどの渇きのこと...【続きを読む】
雑音の中で大事な話聞く
71年目の終戦(敗戦)が政府主催で、天皇皇后両陛下を迎えて厳粛に執り行われた。正午の時報を合図に1分間の黙祷に参加する。天皇の御言葉も胸に迫る。
後のテレビで、特攻の生き残りの方が戦争の理不尽さを解いて、政府の責任者に、再び戦争ののない国にと、声を詰まらせていた。
71年前の私は、国民学校1年生の...【続きを読む】
フィナーレを告げる花火は2尺玉
三原のやっさ祭りも、中四国最大の2尺玉大花火でフィナーレを告げました。また今日は町内の新仏供養盆踊り大会。踊り手がまばらなのは、過疎化による、もともとの住民が減ったせいでもあるが、伝統にこだわるあまり、若者離れ原因でもあるようだ。
今日の夕飯のおさんどんは私の役目。スーパーで、おでんの元を買い、...【続きを読む】
地から湧いたか浮城は
450年前に三原湾に浮かぶ小島まで埋め立てて築いたのは、毛利元就の三男で小早川隆景である。満潮にになると、海に浮かんで見えたことから浮城とも言われ、瀬戸内海に睨みを利かす名城であったが、見事な石垣も、旧国鉄の山陽線や、新幹線の工事拡張に伴い、今では本丸跡の石垣と、ほかにわずかな石垣を残すのみとなっ...【続きを読む】
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