半歩さき歩けと母の遺言状
私の父は昭和13年に30歳で亡くなった。は母29歳、私は5歳、妹は4歳の年子であった。父はその時兵役満期で、徳山の海軍燃料廠に勤めていた。工場の計らいで、父が勤めていた、工場で働くことが決まったので、子供を幼稚園に入れるむね、本家の姑さん話したら、本家に子が幼稚園に行ってないのに、分家の子を行かす訳...【続きを読む】
逃げ込めばみんなおんなじ傷を持ち
昔は、逃げ込む場所があったが、今は、逃げ込み寺も亡くなった。行政がSOS電話を設置しているが、矢継ぎ早の質問をするだけで、当人の話は聞いてくれないようだ。そこには上から目線で質問する役人がいるだけである。スマートフォンは徹底的な個人主義を煽るだけで、他人を思いやる気持ちはさらさらない。平成の時代は、...【続きを読む】
人を追い越したりしない登山靴
私は本格的な登山をしたことはないが、若い頃は、よくトレッキングに出かけたものである。もの言わぬようになったら八合目 と言って、みんな黙々と歩を踏み出す。誰も追い越したりはしない。歩き遍路の時には、それが徹底して、時間を決めて後続が来るのを待っている。今日の打ち止めの地点ではみんな一緒にゴールをする。...【続きを読む】
精いっぱい飛べば老害だと言われ
人生百歳時代だと言われても、世の中そうはいかない。百歳になっても、「今頃の若い者は」などと、とかく出しゃばりたがる年寄りが多くていけない。せめて隅っこで静かにしていれば、それなりに重宝がられるが、体も十分に動かないのに、一線でものを言うのは、老害と言うよりほかにない。百歳にもなれば自分を磨くことに専...【続きを読む】
フクシマの土が貫く黙秘権
今日は県民文化祭の表彰式があったので、家内を連れて行こうと思ったが、朝になって、「いかない」と言い出したので、出発のリズムが狂ったが、12:30集合だったので支障はなかった。知り合いも何人かおられたのが、句会で一緒の、高橋鬼焼がんがおられたのにはびっくり。式の後、部門ごとに、別室に集まって、入選句の...【続きを読む】
冗談ではないぞ親父お百回忌
私が105歳になったら、親父の百回忌を迎えることになる。マスコミが人生百歳時代に入ったと、煽っているが本当にそうなるのだろうか。お袋の50回忌は再来年だ。これが成就すると、これくらい、親孝行な息子はいないだろう。
老人大学の、日本画と、陶芸に知り合いがいるので、見に行ってきた。
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にんげんの影まで消した紙おむつ
ハーモニカのボランティアで、時々行くが障害の程度はさまざまで、演奏するのをためらう様な時もある。元気のよい人は、大きな声を出して歌われるので、多少はリハビリの為になると思うが、初めからしまいまで、無関心な表情の方もいる。そんな時は、ボランティアだと言って、のこのこ出かけるのが悪いような気がすることが...【続きを読む】
沈黙を破り男の手が挙がる
私にも、こんな頃があった。そのせいで、生涯金には縁がなかったが、おかげで川柳と言う、生涯の友達を得て、この歳になると、当時の仲間の、誰よりも幸せだと思う。川柳のお蔭で、他人に、小馬鹿にされずにも済んだ。何十年も続けた川柳のお蔭で、毎日辞書を引く習慣がついて、語彙も少しは増えた。
今日はハーモニカ。次...【続きを読む】
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