ミカン農家の柳友からたくさんの夏みかんを頂いた。早速いただいてみると、おいしかったことは言うまでもないが、70年も前の私タイムスリップさしてくれた。時は戦争末期、学校の運動場は、芋畑に変わり、柑橘畑は、切り倒されて麦畑に変わっていた。麦秋などと都会のインテリーが作った言葉であると思うが、農作業の中でも麦刈りは一番つらい。炎天下の刈取りはことのほか重労働である。そんな時夏みかんの花が満開の中に、収穫を免れた夏みっかんをとって、木陰で食べたときのの酸っぱさは、頭の芯が抜けるような刺激があった。今でこそ甘夏などと言って品種改良されて大変おいしいが、当時は酸っぱいので、塩やタンサンを振り掛けて食べたものです。特にタンサンをかけるとラムネに似た味なって子供たちは喜んだものである。
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