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尾道川柳同好会の互選で、やっと1点頂いた句。

現役の頃は、人間の住む団地は多く手がけたが、養鶏場の造成工事も何件か、かかわってきた。私が小さかったころは、各家の縁側の下で、鶏は飼われていた。ていがよくて、小さな小屋で、10羽も飼っていれば、多いほうであった。高度経済成長期には、無窓の建物中に、5万羽、10万羽押し込んで、電灯の明かりで、昼夜を問わず、卵を産ませ、産まなくなったら、廃鶏処分という、残酷な経営が、営まれていた。そんな残酷な経営に違和感を持っていたのが、30年経った今も、頭に残りこんな句が出来たが、皆さんには通じなかったようだ。

世の中分からないもので、河井夫妻選挙違反事件の、とばっちりで、30前かかわった鶏舎のグループの社長が、元農林大臣に贈賄罪が明るみに出る騒ぎまであった。

相撲は優勝争いの、逸ノ城が、明生に敗れ3敗になると、照の富士が、正代に敗れ、番狂わせの3敗で並んだ。これで優勝は最悪日曜日まで、もつれ込んだ。

万歩計は4.509歩

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