Loading...Loading...

1945年、昭和20年は、12歳だった。この年になると、3月東京大空襲でたくさんの人がなくなったが、5月には、広島県呉市広は、B29による1トン爆弾で、壊滅的にたたかれた。私のオジキは子供が生まれて、100日目だったので、同僚が危ないからラ帰るなというのに、自転車で帰り、1トン爆弾の直撃を受けた。帰らないので、捜しに行ったが、姿はなく、自転車のそばに落ちていた、腕を1本拾って帰り、葬式を済ませた。戦時中にはよくあった話である。

まだ盆には、早いのに、彼岸花に似た花が、水を撒いていたら咲いていた。幽霊花の一種かも知れない。

万歩計は4.299

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K