家庭の火鉢から鉄瓶まで、寺の鐘まで供出っしたことを知っている世代は少なくなった。我が家も父の形見だと言って、青銅の大きな火鉢を最後まで頑張ったが、在郷軍人お偉方が来て、非国民ならないようにと、無理やろ持ち出したのを、母はだいぶ長い間悔しがって、私たち子供によく話していた。寺の鐘も我が家の火鉢も、供出して、一か月もしないうちに戦争は負けた。大砲のたまにはならなかったようだが、戦後のどさくさ、誰かが儲けたに違いない。
家内をデイに、送り出して、第5回「認知症の予防、地域資源の活用」に就て、講義を、県立広島大学の先生に聞く。
午後は老大民謡教室。発表会の、リハーサル。26日は本番、発表会である。私は、「
会津磐梯山」を唄うことになっている。
万歩計は3.084歩
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