近所に私より4歳、年上の、満州からの引揚者がおられた。縁あって改まって当時の話を聞かせてもらったことがある。その方が先日亡くなられた。話を聞いたのは20年くらい前であったが其の時作った句である。また一人、戦争の何であるかを知っていた、人が亡くなられた。運よく私は、こんなひどい目に合わなかったけど、敗戦がもう半年伸びていたら、日本内地は沖縄の戦火と同じことになっていたと、知った時の戦慄は、今でも忘れることは出来ない。
家内の皮下注射を月1回打ちに来てくれるついでに、昼食の世話をしてくれるので、安心して、福山の渦句会へ行ってきた
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