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五歳の時亡くなった父の記憶はほとんどない。写真と形見の琵琶と、母の話で、おぼろげながら輪郭は掴んでいるが、水飲み百姓の、次男で、少し気の利いた少年であったらしい。18で海軍に志願して、呉海兵団に所属して、横須賀の機関学校を卒業したのち、海軍兵学校の、実習教官に赴任していた時、昭和8年1月16日に私が生まれている。父が亡くなってから、もう82年も過ぎた。軍人でありながら、父は筑前琵琶の名取であり、江田島時代には、よく上官によばれ琵琶を披露していたと、母からよく聞かされていた。そう言えば後日、私が、江田島の術科学校を見学した時、資料館に、上官が使っていたとされる、琵琶があったのを見て、母の話の裏が取れたように思った。

月に1回、ケアマネージャーが、我が家を訪問して、翌月のデイサービスの予定表を作ってくれる。

球磨川や江の川に次いで、今度は、最上川が大変なことになっている。コロナも全国に広がり、テレビは数字を並べて騒ぎ立てるが、政府は経済の事に力を入れ、専門家との間の、違和感が国民にとっては分かりにくい。

朝顔が毎日違う位置で咲き 毎日のスケッチも、五七五にすれば楽しいものである。

万歩計は、4.524

 

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