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メーデーが、まだ元気であったころの、句である。もう六十年も前の句である。川柳が何ともわからないときに、新聞に投稿した時の句である。今思えば大して、進歩はしていないようである。

新聞の折り込みに、文章の所々に、アンダーラインが引いてあり、ひらがなが書いてあるのを、漢字に直す脳トレがある。家内が風呂にはいいたので、少し遅れて見に行ったら、風呂から上がってその、漢字脳トレをやっていた。後二個で済むところだったので、頑張るねと言ったら、高校くらいならまだかけるよと、自信ありげに言う。程度は中学三年生程度と書いてあるが、大体八十点くらいは、できるようである。しかし、こちらがやれと言ったのではやろうとしない。自分の気が乗った時には神妙にやっている。計算ドリルも、たいがい万点を取る。それなのに、夕べも夜中に大きな声で、意味不明の寝言を言う。困ったものである。

今日は日曜だったので、わざと寝坊をして、八時に起きたら、パンではあるが、朝の支度をして、新聞を読んでいた。ありがとうと言って、いただきまーす。

晩は豚肉のステーキ。付け合わせに、じゃがに椎茸でいただく。

万歩計は、3.551

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米櫃を覗いて握るプラカード”にコメントをどうぞ

  1. 植竹 団扇 on 2020年3月30日 at 8:48 PM :

     朕は鱈腹食っておるぞ汝臣民飢えて死ね のプラカードを思い出しました。父が詠んだ狂歌に
    〈世の中に信じる者は誰もなしいっそ議員は米人にしろ〉があります。父は一露の俳号を持っていましたが、信濃毎日に出したと言っていました。

  2. 野村 賢悟 on 2020年3月30日 at 9:41 PM :

    ありがとうございました。恥ずかしい限りです。それでも、あの頃は自由にモノが言えた時代でした。おかげで冷や飯は食いましたが。以来、三原で一番の土方に、なろうと、土木一級施工管理士になって70まで頑張りました。

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