年賀状の全廃を唱える手合いは100年前にもいたらしい。昭和の初め、随筆家の吉村冬彦が友人の賀状遍歴をたどり、その場当たりな思考に半畳を入れている。「同じ文句を印刷したものを相互に交換する」なら「交換しないでも同じ」。そういい張りつつ、世間に嫌々従ってきた友は五十の坂を越えた途端、心境が変わる。年賀状が結ぶ線の両端に「喜怒哀楽、義理人情の電流が脈々と流れている」気付き、効用を論じだした。中略、吉村冬彦こと誰あろう、寺田寅彦のペンネームである。ここまでは、中国新聞の天風録より。
何々仕舞が流行る中、賀状仕舞も例外ではない、折も折、新聞スクラップの整理中に、上記の、記事を見つけ心を強くした。記事の文言ではないが、年賀状が結ぶ線の両端にはどんなドラマがまっているかもしれない。最近特に多くなった喪中はがきもその一つである。私は、今年も懲りずに150通は12月15日には投函を済ませた。2日に届くよう、それなりの努力をしているつもりである。いつまで続けるかは、閻魔様に聞いてみないと分からないが、死ぬまで続けるつもりである。
7時半起床、ストレッチ、朝食(自家製ペーストでパン。ヨーグルト、納豆、林檎、きゅうい、柿、ミカン、羊羹一口)8時完食。新聞スクラップ整理、11時完了。渦句会作句清記完了。11時半昼食、(自家製ペーストでパン、ベビーカステラ、チョコレート、野菜ジュース)12時半完食。13時から、センマガ作句、15時まで、それから、足踏みウオーキング、16時半まで。娘が家内の選開くものを持ってきてくれる。16時半夕食は、外食に出る。やよい軒で、塩鮭定食。18時帰宅して、(自家製ペーストでパンと、ミカン)を追加、補食。18時半完食。18時半から、足踏みウオーキング。20時半まで、センマガ作句、22時まで、それから22時半までデスクワーク。23時就寝
万歩計は、5.616歩
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年賀状
昨年父親を亡くして年賀欠礼の葉書を送りました。さて、今年は、、、というところですが例年通り届く方には出す、というスタンスで現状維持というところです。積極的にに増やすつもりはありませんが年賀状仕舞いもしない。成り行きに任せている感じでこれが死ぬまで続くと思います。
私も気持ちはあまり変わりませんが、百歳になっても、まだパソコンが、使えて字が書けるうちは、続けたいと思っています。そのことによって、亡くなられた方の情報も、それなりに分かってきますので、重宝しています。