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「川柳漫遊記」シリーズ(98)

平成25年の「台湾の旅」の続きです。ツアーバスは故宮博物院に着きました。残念ながら見学時間が短かった。さらに一か所長蛇の列!それが「翠玉白菜」という小さな石の作り物のショーケースだった。(写真右)「なんだこんなもの」という思いもあったが、有名なものらしかった。なにぶんツアー旅行で時間がなく不満が残った。いつかゆっくりと来てみたい。

「故宮博物院は、1925年に清朝が持っていた美術品などを一般公開したのが始まりである。当時の所蔵品点検レポートによると所蔵品総数は117万件を超えており、博物院は古物館、図書館、文献館を設けて各種文物の整理をする一方で、宮殿内に展示室を開設して多様な陳列を行っていた。

その後、様々な戦禍を経て1036年12月には南京市の国立北平故宮博物院南京分院保存庫に移動させたがちりじりになっていた。第二次世界大戦後、運び出された所蔵品は重慶を経て再び南京・北平に戻されたが、国共内戦が激化するにつれて、中華民国政府の形勢が不利になったため、1948年の秋より中華民国政府は国立北平故宮博物院から第一級の所蔵品を精選し台湾に運び出された。したがって、国立北平故宮博物院の所蔵品は、中華人民共和国北京市と中華民国台北市の2カ所に別れて展示されている。これとは別に所蔵品の一部は、国共内戦後の中華人民共和国建国後の混乱のため、北京市に戻すことができず、現在も南京博物院の管轄下で南京市に保管されている。

翠玉白菜の大きさは高さ18.7センチメートル×幅9.1センチメートル×厚さ5.07センチメートルで、手のひらよりやや大きいぐらいである。原石は、半分が白、半分が緑のヒスイ輝石で、原石には空洞などの欠陥箇所もあるが、この彫刻ではそれが白菜の茎や葉の形にうまく活かされている。上部の緑色で白菜の色を再現しているが、これは人工着色ではなく、石に元から付いていた色を生かしたものである。葉の上にはバッタとキリギリスが彫刻されており、これは多産の象徴と考えられている。」

ゆっくりと見せたかったと博物院   潤

今日(4月5日)は、

【横丁の日】 語呂合わせ、特になくてもよさそうな日ではあります。

・   NO MORE WAR   NO MORE CORONA



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