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平成10年5月の連休明け、下顎のしこりが気になるようになった。かかりつけの歯科医に行くとすぐに少し大きな病院を紹介された。そこの病院の一回の診察で今度は県内の大学病院へ...。数回の生検の結果、「下顎骨腫瘍」と診断され外科手術をすることになった。同じ頃家内も定期健診で「初期の子宮癌」と診断され切除手術。とても落ち込んでいた辛い時期だった。そんな時、「老後の楽しみに川柳でもしようか」と二人で始めてみた。夫のセンスの良さに気づいた家内は負けるのは嫌とすぐにやめてしまった。

7月30日入院、8月3日、12時間の切除手術、正式な病名は「歯原性腫瘍」、下顎の中の歯を作る細胞が癌化した珍しい症例であった。「悪いところは全部取りますよ」と脅されていたが、心配した顔の変形もそれほどなくホッ。しかし術後の放射線治療で入院は三か月間に及んだ。術後2週間もすると病院生活は退屈になる、日々気晴らしに川柳を作り始めた。誰にも教わったことのない素人川柳で!入院中、「川柳も勉強したいのでなにか本を買ってきてくれ」と家内に頼むと、届いたのが「道頓堀の雨に分かれて以来なり」しかも下巻だけ...。この分厚い本には対処しきれず積読。後で長男が上巻を届けてくれた。後に番傘本社にお世話になるのだが、偶然とは思えない。

退院後書き溜めた川柳を何か形にしたいと思い、新聞の「本にしませんか?」(日本図書刊行会)を見て拙い川柳を送ったところ費用が癌の保険金と同額! 家内に「本に使うから!」と一方的に事を運んだ。

タイトルは「道頓堀...」の真似をして五七五に、入院前夜の雷を思い出し「雷が病院入りを囃し立て」とした。表紙の絵は会社の後輩の石沢君にお願いした。後に出版する二冊の拙著も描いてくれた。ペンネームは重井槍、(おもいやり)と読む...。これには家族全員からひんしゅくをかった。あまりの反対に以後このペンネームの使用は諦めた。

無理をして作った拙著の縁で吟社も紹介され、その後の川柳人生を楽しまさせて頂いている。元々は理科系の人間でこの当時は会社で副作用の少ない癌新薬を研究していた。ちょっとした自慢になるが大学の先生方との共同開発だったこの新薬は郵便切手(科学技術シリーズ)のデザインになっている。余談だが亡くなられた今川乱魚先生は弊社の薬を使用されているとある時ご本人から伺ったことがある。そんな理科系人間も川柳を知ってすっかり文科系人間に、川柳の奥深さに染め上げられている毎日なのであります。

雷が病院入りを囃し立て   潤

次回は拙著の残りの一冊を紹介します。

 



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