逆縁を風が知らせる原爆忌 川柳擬より
八月六日の朝、多くの、学徒動員が、勤労奉仕に狩り出された。そして、中学校や女学校の生徒が死んだ。わが子探す親の姿は広島の街では何か月も続いた。運動場に穴を掘って投げ込まれ、石油をかけておびただしい人を焼く光景もあちこちで見られた。学生服に縫い付けられた名札が運よく見つかっても、骨とは一致しない。それ...【続きを読む】
惜春鳥追えば十九の海が見え(川柳擬より)
惜春鳥という映画は、1959年(昭和34年)に公開された、監督、木下恵介音楽、木下忠司の兄弟コンビで話題をさらった映画である。私が26歳結婚した年である。あのころは、「十代の性典」に代表されるような、青春物が、大映を中心に、流行っていた時代である。テレビは勿論なく、逢引きと言えば、映画館か、ダンスホ...【続きを読む】
夏だけの平和が右往左往する
22年ほど前の句である。その頃はまだ8月くらいには戦争について考えたものである。今は憲法改正、特に9条の改正が総理の頭の中では、秒読みが始まっている。国民投票も考えているらしいが、ここへきて、2月には沖縄の住民投票が現実味を帯びてきた。その結果には、拘束力がないなどと、無視する構えである。国民投票と...【続きを読む】
とうがらし熟れて静かな退職日
あの日からも16年経った。つまり、この16日で八十六歳になる。今日もまだ万歩家計は、1万歩を超えた。たましまの大会の作句も出来た。森鴎外の渋江抽齋もノルマだけは読むことが出来た。誌上大会への投句も、今年に入って、今日までに2社ほど済ませ、近郊の大会へはまだ行けそうであるが、全没が多くなるのは、いたし...【続きを読む】
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