床の間に飾った母の稽古事
母が死んで、再来年で50年になる。父の50年忌は、私が56歳の時に済ませて、今年81年忌になる。お蔭で両親の認知症の世話はせずに済んだ。父も職業軍人であったが、昭和3年に筑前琵琶の名取になっている。父は、軍人で私が父の琵琶を聞いたことはないが、母が、父には及ばないがといいながら、門前の小僧よく私に聞...【続きを読む】
ちょっとづつゆるんで妻が病んでゆく
選者に私の気持ちが通じた一句です。幻覚、幻聴や「ごはん食べたかね」が時々あったりしますが、出来ることは、まだ、たくさんあって、ごはんの後片づけ、風呂の洗いから、入れるまでと、一人で入って、ボデイウオッシュ~洗髪まで、洗濯物の干し入など、なんといっても、排便排尿で、まだしくじったことがないので助かって...【続きを読む】
気が付けば低温やけどしてる仲
賢悟さんも若い時には、隅に置けななかったのですね。今はその報いか、苦労をしています。
デイサービスの迎えに、珍しく、主任の方が来られた。挨拶の後、主任が、私に、「お父さんのも、体に気を付けてくださいよ」言われた。主任は一般的な挨拶のつもりで、言っのであろうが、こちらはぎくりとした。このことは、いつも...【続きを読む】
恋なかば結んだ紐を確かめる
昔の句を今読むと、気恥しさが先に立って、いけない。今家内に読んで聞かせても、真空の状態の中で話をしているようで、淋しくなるが、それでも私の問わず物語を時には、聞かせてやることにしている。
雨上がりの、グランドはかなり湿っていたが、GGの時間いは、いつもの人が集まっていた。スコアは84でワンが1個で変...【続きを読む】
入道雲ついてはたちは還らない
この句は、アサヒグラフの新子座、1998年に載った句である。8/13日の句帳に、○
がつけてある。新子座と言えば、週1回月/4回年48回3年続けて、出すには出したが、全ボツであった、以後、アサヒグラフが、休刊になるまで続けたが、入選は5句もなかったように思う。
今日は、、もう、最後だと思う免許証の更...【続きを読む】
実か種か小田原評定栗ひろい
柿は実を食べて、種は食べないが、栗ははたして何を食べているのだろうか。種を食べているのだと思うが、それなら栗の実はどこに有るのだろうか。こんなことで言い合いをしていると、まさに禅問答になって、前へは進まない。
無くて七癖七不思議と言うことがある。無い様で、人には、七つの癖があり、世の中には、不思議こ...【続きを読む】
北欧の白夜の夏至へシベリウス
今年最後の、福山渦句会。出席4名投句1名の会ではあるが、今年1年何とか続けることが出来た。来年も会が続けられるようにと、分かれた。以下は今日の句会の私の句。
夜 北欧の白夜の夏至へシベリウス ココココと夜をなくしている鶏舎
走る 伴奏の私を妻が老いてゆく 目標へ向かって...【続きを読む】
七桁も書かせてはがき舞い戻る
自分のミスは云わないで、舞い戻ったはがきにケチをつけている。川柳の面白さはこんなところにもある。郵便番号がいつから7ケタになったのか覚えていないが1998年の句帳にこの句があるから、1年くらい前に、なったのかもしれない。
家内はデイサービスへ出て行ったが、私は、年賀状整理の為に、サウナ風呂には行けな...【続きを読む】
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