おはようで今朝も追い抜くウオーキング 泉比呂史選
比呂史さんも、もう亡くなられた。あの頃は、ウオーキングでたいがいの人は追い越していたが、今はほとんどの人に追い抜かれる。それもそのはず、4日ほど前からウオーキングには、杖を突くようになった。歳は取りたくないものである。
GGの日。4ゲーム87でボロボロ。スコアはボロボロでも、歩数だけは、稼いでくれる...【続きを読む】
背なばかり掻いて出世はせずじまい
この句は、相生市民もみじ祭りの大会で、福山の高橋はるか選で入選した、私の句である。はるかさんは、福山渦句会の重鎮であったが、もう15年くらい音信は途絶えている。
家内のデイサービスの間に、家の周りの草刈りをした。植えたかぼちゃも、キュウリもまだ小さいか、実をつけた。トマトは花が咲いたがまだ実の形は見...【続きを読む】
足摺の旅へ虎彦読み返す
2002年、四万十であった大会で、恵美子さんに選んでもたらった句である。出所は23歳の時、定時制、仲間と、自転車で四国の西半分を回った時、田宮虎彦の小説「足摺岬」の小説を、全員で読んでいったことがある。特攻帰りの若者が、戦前と戦後のカルチャーショックの中で、歩き遍路に出て自分を見つめ直すという。作品...【続きを読む】
本物になろうなろうと群れを出る
川柳奉行を立ち上げて頃の元気はないが、それでも人間の、性分はそんなに変わるものではない。今でも川柳が続けられるのも、こんな気分がまだあるからなのかもしれない。
万歩計は4.388歩
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くじら飼う池で大根洗ってる
民謡では、土佐の池には、鯨が泳いでいるそうだが、中国新聞の連載小説、白鯨(夢枕獏)の314回目は、中浜万次郎こと、ジョン万次郎は、土佐の鯨取りの船で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられ、初めて万次郎の銛で鯨を捕った、記念すべき日である。もうこの小説はどこまでつづくか、先は長くない。
余花に逢う再び逢い...【続きを読む】
立ち話片一方はふんふんふん
片方は熱を入れていても、もう一方は聞いていない。世の中はこんなものである。川柳もこんなものである。
タケノコ飯をたくさん作ったからと言って、頂いた。母さんも美味しいねと言って、たくさん食べてくれた。元プロの出来は違う。上に乗せる金糸玉子までついていたのには、さすがだと思った。
晩の歩きをしていたら、...【続きを読む】
推敲や月下の門を敲く故事
20年の前の句帳の句。言語明瞭意味不明とはこんなな句の事を言うのかもしれない。
家内はデイサービスの日。送り出すときには、車の中から手を振ってい居たが、かえって車から降りる時は、運転をしてきたお兄さんに、車代はいくらですかと聞いている。もう馴れっこになっているが、普通ではない。夕食は外食で済ませて帰...【続きを読む】
川柳奉行200号達成。川柳ひろば296号
奉行は、昭紀さんや、会員の仲間のお陰で、200号達成することは出来た。ひろばは、元々、立ち読みコーナーで出発して、60号から、ひろばに改名したものである。出発点は、公園のフェンスや、ガードレールに、立て看板を立て、投稿をお願いし、組内の、27軒のポストに入れて回ったのが始まりである。1年目くらいから...【続きを読む】
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