
今日は新しく新相馬節を習ったが、このような、ながものに様な曲は楽譜のようなものがないのか、間奏の部分には、三味線が入るが、歌の時には三味線は鳴っていない。そこで登場するのが黒板のような音階らしきものが登場する次第である。先生はどんな曲でもすらすらと、横線を書いて、洋楽でいうスラーのようなものを入れながら、横線をつないでいかれるのには驚きである。
民謡と、似て非なるものに洋楽がある。偶然に面白い記事を新聞で見つけたので紹介しておく。私が尋常高等小学校へ入学したのが昭和14年であるが、その当時は、アメリカを先頭にする連合軍と戦っていた時代である。敵性語禁止令で、ドレミファを「イロハ音名唱」と言って、ハニホヘトイロハと言わされていた。そのせいで、トニイホロヘハ、ヘロトイニホハ、など今でも覚えている。
ここからは新聞の記事だが、「イロハ音名唱」は当時からひどく不評だった。作家の山中恒は「初等科1年に入学した弟が「ヒノマル」を「ヘヘトトイイト、イイハハニニハ、ニニハハイヘト、ハハイヘトイヘ」とやっるのを聴いて、なんだか屁をして笑っているみたい」とからかって母親にしかられたと、著書「ボクラ少国民と戦争応援歌に書いている。
音楽教育学者の供田武嘉津も「コールューブンゲンを「イロハ」で歌わせてみたが、たちまち生徒の嘲笑に遭い、二回位で打ち切ってしまったと「日本音楽教育史」で回想している。
1941(昭和16)年、文部省は「聴覚訓練準備調査会」を設置し「イロハ音名唱」代案を審議したが結局妙案は得られなかったと報じていた。
今日の万歩計は、10.523歩
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