東葛川柳会6月例会は 柏市中央公民館5階講堂で行われた。
色々な方が お仲間を誘ってご参加下さって、参加者は100名近くになった。
由宇呆は3句連記の選をさせて貰ったが、中に面白い句があったので ご紹介しておく。
課題「名人」 太公望釣れない場所を探してる 庄二郎
太公望というと 中国の周代(紀元前1000年位)の釣りの名人。
一方では戦術家、戦略家としても有名。後に周の文王に仕え、武王の時代に
武王を助けて殷を滅ぼした。「六韜三略」の作者と言われるが
後の俗説だそうです。(広辞苑による)
この句の解釈がいろいろ考えられるので、ここに書く気になった。
1、釣りの名人ともなると、もう釣果などはどうでもよく
釣っていること自体を楽しむ域に達しているから、むしろ
釣れない方が面倒でなくてよい。
(句会のあとで何人かにきいたら 概ねそんな感じだった)
2、故事来歴によると、文王は何時も釣りばかりしている太公望が
戦術・戦略に長けていることを知り、召し抱えたくて誘いをかけた。
一回二回は断ったが、太公望は三回目を待っているので、
魚が釣れてしまっては困るから、釣れない場所を探した。
(実は 由宇呆はこう解釈して入選にした)
江戸の古川柳に「喰いますかなどと文王そばにより」があり
立川談志が、この「喰いますか」が「釣れますか」では
川柳として全然面白くない。と力説していたのを思い出す。
3、名人から見て魚は釣れるのが当たり前で、釣れ過ぎると
周りに人が寄って来て煩わしい、むしろ「釣れない釣」の方が
他人から見向きもされずのんびり出来るのでは。
なんて勝手な思い込みで詠んだ句です。というのが作者の弁。
こんなふうに、句が独り歩きするとはよく言ったものですね。
という、お粗末の一席でした。
深読みが笑窪をあばた面にする 由宇呆
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私の拙句を俎上に上げて頂きありがとうございました。由宇呆さんの深い解釈までは考えていませんでしたが、文王が戦術家としての太公望に近寄って来て「喰いますかなどと文王そばに寄り」と後世に川柳として残した逸話はなんと言っても面白いし、ご両人の顔が見えて来るようです。川柳が一旦作者の手を離れて独り歩きを始めると、後はもう読み手の観賞の仕方で変化してゆくということがよく判りました。
庄二郎さま
早速のコメント 有難うございました。
どれが正解か などは野暮なこと。
それもありだねぇ と 面白がってしまえば こっちのもの。
これからも、この伝で 行きましょう。
では、また。 由宇呆 拝
こんにちは
私も 1 のような解釈を
してましたが 2 の解釈は
知識がないと 思いつきませんね・・
さすがの由宇呆先生!
ビギナーズの添削も いつも
ナルホド!!!!! の世界
ハガキに赤線して
スクラップしてます。
(ミニミニ参考書デス)
とまと さま
ご無沙汰です。 ご意見 有難う御座いました。
ビギナーズへも いつもようこそ ご参加いただき 有難う。
いろいろな解釈が出来るのが 文芸の良いところ。
また 面白いところですね。
議論を通じてお互いに切磋琢磨出来るのですね。
これからも、こういう機会を作っていきましょう。
では、また。 由宇呆 拝
由宇呆さん、おはようございます。「太公望・・・」の「ひざぽん」16件になりましたね。
みなさんに読んでいただいて、「そうだ」と一声掛けてくれてるような感じですね。
ユーホーマジックの技の一つを見ているようです。 庄二郎
庄二郎 さま
コメントへ ひざポンへ ご参加くださった皆さま
お説の通り 有り難いことです。
反応がないと 書き手も読み手も 張合いが半減します。
小さな輪を 大切にしたいものです。
では、また。 由宇呆 拝