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「海外の旅エピソード」(6)

前回に続きロスアンゼルスでの姉との話。姉さんにお寿司屋に連れて行ってもらった。姉(ネイティブの英語)、家内(ほぼ話せる英語)、私(半分ほどしか分からない英語)の見た目日本人の三人。姉は英語でどんどん注文していく、対する寿司職人さんは日本語で対応している。なんとも不思議な光景だった。私独りがこの場では蚊帳の外だったからよく覚えている。今はもう高価になっただろうお寿司もその頃はそれほどでもなかったように思う。

注文は英語返事は日本語で   潤

ロスアンゼルスで過ごした後は、姉さんの彼氏の車で4人でラスベガスへ。長時間、砂漠の道を走って向こうに煌びやかな灯りが見えてきたときは感激だった。その後姉と別れ、本来の目的地のオハイオ州コロンバスへ。ここで家内のペンフレンドと数日を過ごし、帰りにハワイに立ち寄って帰国したのだが、オハイオ以後のことはまったく記憶にない。オハイオは「 Good Morning State」だと言って笑い合っていたことは覚えているのだが…。 その頃今のように川柳日記を書いていればなんらかの記録が残っているのに残念である。

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  1. 月波与生 on 2026年3月22日 at 7:49 PM :

    サラリーマン駆け出しの頃先輩(と言っても他部署の人)に寿司屋に連れて行かれ初めてカウンターに座りその人のお好みで食べた寿司は美味しかった。なんでご馳走してくれるのか不思議でしたが『美味しいと感じたらいつかあなたも同じことをやりなさい』(意訳)といわれた。その後私は転職したのでその人とは疎遠になりましたが、いまでも時々あの人はお元気かと考えます。(生きていれば80歳をいくつか過ぎたあたり)

    ※寿司屋のカウンターの写真を見て思い出しました。

  2. on 2026年3月23日 at 6:38 AM :

    コメントありがとうございます。
    カウンターに座ってお寿司を食べる贅沢はほとんど記憶にありません。この頃は帰省した孫に「お寿司を食べたい」とねだられ近所の回転寿司に行くぐらいです。ある孫はサーモンばかり食べてるし、ある孫はマグロばかり食べてます。

  3. on 2026年3月23日 at 7:13 AM :

    与生さま

    前回の掲載にもコメントありがとうございました。騎手のシューメーカーさんのご先祖の職業はどなたもすぐに分かりますね。欧米ではそのようなご先祖由来のお名前が多い!
    カーペンター、テイラー、タイラー、フィッシャー、ベーカー、アーチャーなどなど。

    • 月波与生 on 2026年3月23日 at 7:53 PM :

      なるほど、カーペンターズは元々大工さんの家だったんですね。ありがとうございます。

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