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上は「点消方」
前回の「ガス灯に関しての「図絵」が見つかったので載せた。
二回目の報告。
  銀座4丁目の交差点に立って四方を眺めれば、新旧名店が軒を並べる。老舗と言われる店に注目すれば、新店に比べて間口が異常に狭く、奥行きが長いことに気付く。
これは江戸時代(じつはそれ以前かも知れないが)からの「間口税」の名残り。
江戸時代に間口3間(1間=1・8m)ごとに「間口税」と言われる家屋税が課せられていた。例えば、間口4間なら、6間(2軒)分の課税。だから 町屋の95%が間口3間だったのがその理由。奥行きには制限が無かったので、ウナギの寝床のような細長い住居ばかりになった。因みに、中世のオランダでは、窓の数を基準とする「窓税」があり、これが発展して「間口税」になったらしい。オランダの家も外から見ただけでは家の構造が分からず、秘密の隠れ部屋が作れる構造が多かった。アンネの日記を思い出す方も居られよう。
税逃れ庶民の知恵は限りなく   由宇呆
「銀座」の由来
銀座の骨格は江戸時代の町割が基盤。明治5年の大火をきっかけに、不燃都市を目指し西洋に倣っての煉瓦街も、その町割の上に造られる。通りには桜や松などの街路樹が植えられ、ガス灯も設置された。明治10年頃にはお馴染みの柳がお目見え。
後、大正12年の関東大震災、昭和20年の大空襲を経て、その都度見事に復興。銀座の逞しさは今も健在である。この逞しさで銀座は時代の最先端を行く街であり続け、伝統や品格を重んじる一方、商業の街としての先進性、フットワークの軽さも併せ持っていた。それは、銀座の心意気でもあるでしょう。
かつてのガス灯は、アーク灯、水銀灯を経て、LED灯になり、街路樹の種類も増えた。そして今、銀座は世界のトップブランドが集う街となっている。
心意気は保ち続けながら、変化を恐れず、それを楽しみに出来るのが、銀座の醍醐味だと想う。……「銀座街づくり会議」の竹沢えり子さん談。(「街歩きマップ」より)
 来る度に銀座はお色直しする     由宇呆
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