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私がこの本を読みたいと思ったのは、叔父(母の妹の連れ合い)が
中島飛行機に旋盤工として勤めていたからだ。
最初、宇都宮工場へ次いで大宮工場へ勤務。
エンジンのシリンダー、ピストン、ピストンリングを手掛けたとか。
詳しい話はしてくれなかったが、ピストンリングの焼嵌めが難しいという
話を覚えている。航空機用エンジン製造の話である。
 終戦後、富士重工(中島飛行機)大宮から、合併した日産自動車横浜へ
転じ、次いで日産ディーゼル川口で職長を務め、そこで定年を向かえた。
 この本を読んで、叔父の話を再確認し、懐かしく思い出している。
(昭和32年小生浪人中、西川口の叔父宅から予備校に通い、
 その時に話を聞いた。その年、ソ連が初の人工衛星スプートニクを
 打ち上げ、その話題の一部としての話である)

本書の中で、藤森氏がアメリカの飛行機製造工場(フォード工場)を
見学した話があるが、『ヘンリーフォード伝記』によると、この工場は
ウィローランの双発爆撃機(B-17)の工場であろう。ヘンリーフォードの
息子が工場長を務め、二日で17機のペースで生産されたという。
 この息子が軍隊に志願した時、軍はその志願を却下した。理由に曰く
「米国は一兵士を得るために、有能な軍需工場長を失うことを危惧する」
なんとユーモアに富んだ言いぐさだろう。
 日本の「ホシガリマセン。カツマデハ。」とどちらが余裕があるか。
一目瞭然である。

   兵(つわもの)の夢に己(おのれ)の力瘤  由宇呆

 

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