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☝ 写真は文化座代表 佐々木愛 1943年7月18日生

2月2日、芸術劇場の命どぅ宝(文化座)を観て来ました。評判以上の出来栄えで、涙を流し通しでした。文化座は田端にあって、駒込界隈に飲みに来た女優さんと、「炎の人」を演じた男優の持ち味の比較を論じたことが懐かしい思い出です。(劇団民芸の滝沢修・宇野重吉・大滝秀治)

文化座の演劇は、鈴木光枝さん(1919年7月29日生)の「荷車の唄」以来です、もう大昔の部類です。その頃の光枝さんの歳周りになった愛さん(73歳)にびっくりしました。

写真が不鮮明なので、文字の部分を書き写します。

   アメリカぬ 花ん 真謝原(まじゃばる)ぬ 花ん

土頼(たゆ)てぃ 咲(さ)ちゃる 花ぬ清(ちゅ)らさ

  貧乏家(ひんすうや)ぬ 庭ん 金持(かにむち)ぬ 庭ん

  選(いら)ばずに 咲(さ)ちゃる 花ぬ 見事(みぐとぅ)

 

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絶賛「命どぅ宝」文化座”にコメントをどうぞ

  1. 江畑 哲男 on 2017年2月5日 at 11:11 PM :

    いやぁ、懐かしいですねぇ、文化座の公演。
    演劇大好きの青年教師・江畑哲男は、今から35年前。受け持ちの生徒に、観劇を勧めました。演目は「土」(長塚節)、折しも我孫子の文化会館(現在は取り壊されちゃいました)にて公演があったのでした。もちろん、佐々木愛さんや鈴木光江さんほか豪華キャストの揃い踏みです。
    PRと情熱の甲斐あって、小生のクラスからは二桁の生徒が当日の観劇に来てくれました。親御さんも来てくれました。ちょっと問題児も来てくれて、金八先生気分の小生大感激デシタ。
    しかしながら、現実はダメ。そうは問屋は卸しません、でした。余りにもテーマが真面目すぎたのでしょうか?、休憩時間中に、男子生徒数人がバックレ。う~む、たしかに彼らにとっては退屈な演劇だったのでしょうね。
    思い出の一席、スミマセン。

    • 植竹 団扇 on 2017年2月6日 at 6:24 AM :

       長塚節の「土」、団扇も大きく影響を受けた作品です。演劇は残念ながら観ていません。改めて確かめてみました。「土」は明治43年6月から11月まで160回にわたり朝日新聞に連載されました。長塚は「短編小説」を読んだ夏目漱石に抜擢されて、「門」のあとの連載になったのですネ。ブログの読者へのサービスに漱石の序文を。
       余の娘が年頃になって、音楽会がどうの、帝国座がどうだと云い募る時分になったら、余は是非この「土」を読ませたいと思っている。・・・・・・苦しいから読めというのだと告げたいと思っている。このとき節は31歳、さて漱石は?

  2. 大田かつら on 2017年2月6日 at 6:37 AM :

    おはようございます❗沖縄を発信して下さって沖縄県民を代表して感謝申し上げます。
     「命どぅ宝」は、あの悲惨な酷い戦争を体験したからこそ、心の叫びとして、反戦平和へのキャッチフレーズで深く浸透してきた経緯があると思います。
     「何をおいても、命こそが大切だよ。命を粗末にしてはならんよ」命どぅ宝❗❗

    それから、赤い文字の部分ですが、あくまでも私なりの解釈、、で、許して頂けるものと信じて記してみたいと思います。

    アメリカの花も 真謝原(地名)の花も
    その環境を頼りに花は咲いている 何という花の清々しさだろう
    また 花は、貧しい人の庭とか 金持ちの人の庭とかで咲く場所を選びはしない
    何と見事な生き方であろうか 「人間もそのようにあって欲しいものだ」と、いうことが行間の奥から読みとれます、、。

     頼まれもせんのに、おせっかいとも思いましたが、つい川柳仲間へ伝えたくて書き込みしてしまいました。悪しからずその旨宜しくお願い致します。遥か南の島から、、この書き込みを読まれた皆様へ親愛をこめて、、かつらより

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