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昭和39年の東京オリンピック、団扇たちは神奈川県川崎市の中学3年生。その時のクラス会で熱海に一泊旅行に行って参りました。仲間の浴衣姿やら素顔を公開できませんので、こんな写真でご勘弁です。「東京より暖かい所を楽しんで来てね」という妻の温かい言葉?にこたえて、土産の金目の干物を持ったまま、帰宅途中で夕食。馴染みの店が定休日で一見の店へ。ハロウインの南瓜は「ようこそ」の表現でしたが、渋谷では仏頂面のようですね。     浪速ようこそ渋谷かんべん

「こんにちは母さん」はあと二回にします。母さんが牧師さんに拵えてあげた「上履き」は靴よりも断然足袋に似ている布製です。教会の礼拝堂で履くものと分かります。履いてみて「ああ、ピッタリだ」と牧師さんは満足な表情を浮かべます。観客は、足袋職人の夫が、結婚前の母さんの足に触れていたシーンを思い出します。母と牧師の場面を積極的に割愛して、想像させる洋次のいつもながらの手法です。牧師はその過程を「足袋つくりの至極当たり前の所作」としか考えていないことが分かります。上履きのフィット感に母の手触りが重ならないのです。これが、勿体ぶった「最大のテーマ」です。「表現しないことで、より表現する」当然すべてではありませんが、川柳にも共通する手法です。

 

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