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銀貨を握りしめて、最近話題の隣町の駄菓子屋に駆け込む。目当ての品を見つけて支払いをしようと思うが、さて銀貨が見当たらぬ。ポケットというポケットを二度三度探るがやっぱり無い。途方に暮れてベソを掻く僕に、駄菓子屋のおばちゃんは呆れ顔でこう言ったもんだ。「坊や、さっきからお金を持ち替えてはポケットを探しているよ」

「探す作業」よりも「握りしめる作業」のほうが優先した結果の仕業だ。「意識的で複雑な作業」を「無意識的で単純な作業」が妨害したとも言える。おばちゃんが、この滑稽な風景を「精神分析家」のように見てくれたかどうか定かではない。僕は照れて頭を掻きながら、「なんの社会的な要因のない一般的な粗忽」なんてものはないと感じた。勿論、小学生の僕が「倫理的に分析」するはずはないのだが、ゆるりと開いた手のひらにあった、汗ばんだ銀貨の輝きを発見した「感覚と感情」に誇張はない。

川柳仲間の佐藤牧人さんから、「落語の国の精神分析」藤山直樹著 みすず書房(2012/11/9)をお借りした。「お読みください、返すには及びません」とおっしゃられたから、頂いたことになる。

「らくだ」「芝浜」「よかちょろ」「粗忽長屋」「居残り」「明烏」「寝床」などの演目の粗筋、三遊亭圓生や立川談志の演じ方の差異を比較して論じながら、精神分析家としての論述に発展させている。藤山氏は「前例のない著作」と自任されているが、「精神科医の落語診断)中田輝夫著 青蛙房(1986/4/10)がある。機会をみて紹介したいと思う。 それはそれとして、藤山氏の「与太郎とは誰か」には強い共感を覚えた。ダウン症の息子(32歳)の父親としてのちに論じたいと思う。

 

 

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  1. 大田かつら on 2016年1月22日 at 3:27 PM :

    沖縄の北部の本部町八重岳では明日から2月7日まで日本一早い桜祭りが開催されます。同じ明日南部糸満市では不発弾処理作業があります。沖縄は戦後70年経っても毎月というくらい避難騒ぎがあります。もう、、。ただただ哀しくなるばかりですです。今日のブログ団扇さんの弱者への優しい眼差しを垣間見た思いですね、、。ふるさと沖縄の美しい空や海はこれからどうなって行くのでしょう?不安は募るばかり、、。

    • 植竹 団扇 on 2016年1月23日 at 11:07 PM :

       貸本屋のお兄ちゃんと、駄菓子屋とおばちゃんと、なぜか葬儀屋のおばちゃんの顔を忘れません。夢にどっかで見たおばちゃんが出てきて、その顔が何日間も誰であるか分からないままに過ぎて、ある朝通勤途中の駅前の宝くじ屋のおばちゃんと気づいたりします。かみさんは、「あんたの脳は特殊だ」と言いますが、そんな脳の特徴が好きです。ああ、宝くじは年に一度買うか買わないかなのですが、おばちゃんの顔は見ています。(この話そのものが、20年くらい前の話です)

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