「想い出はサラリーマンという時代」(11)
研究者生活のサラリーマン時代の後半は本社の知的財産部に新幹線で通勤していた。特許を書く側から社内で出願される特許を審査する側になった。特許庁に出願すると特許庁で審議され、特許が認められるか否かが決められる。出願した特許がそのまますんなりと認められることはまずない。特許庁から「拒絶査定」がくると特許庁とのやりとりが始まる。「新規性」「進歩性」の観点から主にやりとりするのだが応答期日が決まっているから大変なのである。長期の休み明けに回答期日があった時などは慌てる。社内の発明者が休みを取っていたりすると絶望的にもなる。特許庁は待ってはくれないのだから…。そんな中でも苦労して「特許査定」を得ると研究者と共に喜んだものだ。
色んなこともあったが想い出多い時代であった。若手の研究員たちとの議論も楽しかったし、川柳で言えば新幹線の定期を使って東京の句会に出かけていた。新幹線通勤の車内が日々の作句場所でもあった。サラリーマンの悲哀を多く詠んでいたかもしれない、拙著にはそんな句が多く載っている。
休み明け休んでくれぬ特許庁 潤
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