
☝ 2016年11月28日(日)東京新聞夕刊
「手塚治虫が長野・上田の出だって、夕刊に出てましたよ」「えっ、違うでしょ。ほら、あそこじゃない」「そうそう、あそこだくらいは知ってるよ」「えーと、あそこ、あそこ」なんてやり取りがあって、ようやく「宝塚」が出て来ました。「いやいや、治虫のルーツですよ」
「鉄腕アトム」や「火の鳥」などで知られる漫画家、手塚治虫さんの先祖が、平安末期の木曾義仲をかくまった長野県上田市ゆかりの武将手塚太郎金刺光盛とみられることが分かった。手塚家の家系図と上田市の寺に伝わる資料の内容が一致し、同市とのつながりが鮮明となった。
家系図のある家が羨ましいですね。植竹家の仏壇の抽斗にも「家系図紛い」の古文書がありまして、先祖は「藤原の何某」というと読み取れましたが、いんちき臭いので放置?するうちに見当たらなくなりました。祖父の植竹琢造は日本郵船の船乗りで、航海記録が記入された船員手帳が手許にあります。最期は司厨長で給金の額まで記入してあります。祖父は品川の出身で植竹家に婿養子で入っています。だから団扇のルーツは林姓なのです。父が死んだ年齢を超えてから「ルーツを辿る旅に出たい」という願望が増して来ましたが、日常が多忙過ぎて叶うことやら。ああ、またまた大脱線。盛の映画を撮るの手塚治虫さんの長男の眞さんは「先祖光が夢」と語っています。乞う御期待。
飲んだ話のついでに、「おい、どうしたい、団扇のルーツ」なんて声かけてくれたら、いつでもお付き合い致しますので、割り勘で飲みましょう。
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