
三が日栗金団で酒を飲む
と詠んだのは、3年ほど前の正月だったでしょうか?「今年はもう止めておこうね」と言いながら、種類や量は減らしならも年に一度の重箱の登場になります。板橋区徳丸暮らしも40年越え、最大で6人から3人になった暮らしです。句を詠んだころは「酒のあてまで栗金団」で凌いでも、いつまでも食べ切れずに往生しました。そういえば、お餅のカビも見なくなりました。お供えの天辺にはプラスチックの橙が乗り、お供えの形をしたプラスチックの中身は、包装された切り餅です。「師匠、餅はどうしてカビが生えるんでしょうネ?」「馬鹿野郎め、早く食わねえからだ」 「トンガリの正蔵」の異名をとる彦六さんです。志ん生・金馬・文楽・小さん・圓生とは別の魅力がありました。 元旦のは「黄桜」でなく 千秋歓酌芙蓉霞 と銘打った 八海山 を選びました。 やはり酒といったら日本酒。
そう忘れるところでした。お雑煮の丸餅は 前田安彦先生 の漬物とセットで毎年送って頂いている品です。団扇の弟の家族も息子の家族も、妻の妹の家族も同じです。川柳マガジン1月号の 十六代 尾藤川柳 さんの記事を 懐かしく読ませて頂きました。川柳250年は 団扇が「強制しないオムライス」を上梓した年でもあります。ズラリ並んだワインのボトルも味も忘れられません。合掌。
漬物と
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