
自転車とシルバーパスでバス2系統を乗り継いで『浮間公園』に散歩に行きました。膝の痛みが酷くなった妻と、池をグルリと回ることもなく、風車の風景だけ収めました。釣り人を映したかったのですが、自転車の先客がドンと構えていて主役になってしまいました。CONAMONという名の店屋で、焼きそばとたこ焼きと喉を少しばかり潤して帰宅しました。「こなもんという店の名からして関西ですね」なんて話を交わして、愛用のポットを忘れて来ました。失念には二通り、「ただ、ボーっとしていた時、他の事に気を取られた時後者は若い時からの団扇の得意技です。
さて、「こんにちわ母さん」の最終回です。母さんが特別の感情を持った牧師さんが故郷の北海道に帰ることになります。母さんのボランティア仲間のひとりが車に乗せて、空港へ向かいます。母さんは牧師さんにそっと手を重ねて「わたしも連れてって」とふっと口をついたかのように語り掛けます。牧師さんの返事を待つ間もなく「冗談よ」と続けます。孫娘との会話で「プロポーズは向こうからするのを待っているのよ」という伏線があります。ついになかったプロポーズ、別れの最後の瞬間までその「ルール?マナー?の価値観」を変えない母さんにプロポーズはありえない行為なのです。「連れてって」の声の調子や表情が、最終のクライマックスです。「いいとも、一緒についてお出で」なんて応えが、あっても万分の一と決めつけて、息をつく間もなく「冗談よ」が続けます。どちらも、周囲にいる人に聞こえて意味も理解できる音量です。なんか、ずっと後で二人が結ばれるようなかかすかな期待が観客におこります。車が走り出すとボラ仲間が抑えきれない涙をハンカチで拭いながら、「あれは冗談なんかじゃないのよ」と語り掛けます。その反応は如何にと思う瞬間、牧師さんは窓から乗り出すようにして、ある人物に大声で呼びかけます。あの浮浪者の老人です。牧師さんは、誰かの牧師さんでなく、みんなの牧師さんなのです。
お隣のおばちゃまが、「タカちゃん(団扇の長男)は、お父さんもお母さんも先生で、なんでも教えてもらえていいね」と話しかけた時、「あのね、お父さんもお母さんも、みんなの先生なんだ」と応えたことを思い出します。ダウン症の次男にも、もっともっと手を掛けられたのにという悔いもあります。でも、子育てと同時に「障害児を理解する周囲の環境つくり」に多くの労力が必要と考えました。もう、映画をご覧になったかたも多いだろうと思います。未だでしたら、どうぞどうか。
Loading...

















































