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 「目に入れて・・・・言い忘れたこと」はN先生の句の方である。

        目に入れて痛くない子が目に余る   

 ① 幼い頃は「目に入れても痛くないほど可愛かった」我が子であるが、近頃は目に余  ることばかりである。

 ② 「今でも、目に入れても痛くないほど可愛い」我が子ではあるが、時折りは目に余ることもあるよ。

③ 世間では「目に入れても痛くない子」なんて決まり文句のように言われているけれども、そんなとことを一般的な真理のように考えて良いのだろうか。

④ いろいろと次から次へと問題を起こす生徒だけれども、親御さんから見れば「目に入れても痛くない子」なんだろうね。そう考えて、本人とも保護者の方とも接しなくてはなりませんぞ。

 「モンスターペアレント(ツ)」という言葉が現象以上に(団扇はそう思っている)に一世を風靡したことがある。そんな言葉や現象が流行る前から「父母会」の前にノイローゼ気味になる若い教師にしばしば出会った。彼ら(彼女ら)の日常の教育活動の中には「保護者」が存在していなかったのかも知れない。

 教師という立場から見ると、生徒は「弟妹」から「息子娘」さらに「孫に近い存在」に変化していく。保護者は「親の世代」から「同僚」さらに「息子娘に近い存在」に変化していく。それに応じて世の中も変化していく。

 そんな当たり前の流れに気付かずに、または気付かぬ振りをして、「ほんに小さな小さな島国の王様」でいる同僚も存在したなと思う。

 あっ、N先生の句に戻らなくては。「うまい句だなあ」と感心した時の団扇の「関心の中身」は古い日記にも見当たらなかったから、証拠を挙げて論じることはできない。教職歴25年前後、川柳は始めたばかりの頃だったと思われるが、ちゃんと①②③④と理解していたと自信がある。

 さて、 孝行をしたい時分に親はなし この句を練馬の彼女の句に習って味わい直してみよう。孝行の中身は「あれこれの行動」ではなく、「育ててくれたことへの感謝の意の表明」であることに気がつく。もっとも、答辞の締め括りに「私はお父さんとお母さんの子どもで良かった」というのには「まだまだ、そんなことは分かるまいて」と苦笑を禁じ得ないのも確かではある。

 

 

 

 

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