Loading...Loading...

 江畑 哲男さんの「孫の句」考に触発されて団扇もひとこと。哲男さんの論考についての直接の感想ではないので、コメント欄ではなくて、団扇ブログに発表します。

 「親馬鹿ちゃんりん蕎麦屋の風鈴」というように、なにも川柳に限らず「手前味噌」は聞き辛いものとは、昔から相場が決まっています。手前味噌の最たるものが「爺馬鹿、婆馬鹿」ということでしょう。「お互いさま」と笑って済ませるか、お互いに「止しましょうや」と提案するかの選択でしょう。いづれにせよ、目くじらを立てるような課題ではないのです。

 その昔、東葛川柳会で、今川乱魚さんが「可愛くない孫」という題を出されたことがありました。実際にお孫さんがいらっしゃる作家連が可愛くない孫の様子を思い浮かべて、腕に撚りをかけて作句したのですが、「言葉の上での可愛くない描写」が逆に「可愛くて堪らん」という心情の吐露になって、大笑いした経験があります。

 三波春夫の歌に、「憎たらしい嫁の産んだ子がどうしてこうも可愛いか」という歌詞があります。これは、仕方のないことで「同想」のチャンピオンといって差し支えないでしょう。

 「同想」といえば、「嫁と姑の確執」「朝帰りの言い訳」なども良い勝負でしょう。作っても良いけれど、「同想句に絶対に負けないオリジナリティ」がないのならば,世間に出さないのが賢明でしょう。ましてや、得点を争うスタイルの句会でこつこつと得点稼ぎをするために出すのは慎みたいものですね。

 ところで、団扇の孫の句は,つぎの一句だけです。

            勿体ないが愛子様よりうちの孫

  川柳マガジンで、どなたさまかに高位で抜いて頂きました。この句は、孫の生まれる前どころか、長男が結婚する以前の作品で、いわば、孫句をからかった孫句です。

 因みに、団扇の九条の句は、次の一句だけです。大切だからこそ、量産しないのです。

            九条に箍を嵌めろと靴が鳴る

  ついでながら、美人の湯は次の一句。

            美人の湯信じる者は救われる

  「青い鳥」も「雑魚の群れ」も作ったことはないし、恐らく一生作らないでしょう。

  「孫句」というテーマから、外れてきましたね。「タブーを並べ立てて、タブーをすり抜けたところに真実がある」という発想は科学の方法としても明らかに誤りだと思います。タブーを恐れぬのびのびとした発想と、自由で平等な交流の中でこそ、科学も文化も生き生きと発展するものだと思います。

  あっ、たった今4月3日になりました。しまった、明朝は4時起きなのに。

 

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K