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日本列島に十年に一度という寒波が襲来しています。今はほとんど雪の降らない群馬県の南部でのほほんと過ごしていますが、学生時代までを北陸の雪国で過しましたので雪の記憶が蘇ってきます。このフォト川柳は過去に一度掲載していますが、雪のニュースを聞き再度掲載させて頂きます。写真は実家の近くの五箇山の雪景色です。

幼い頃の冬はしもやけに悩まされました。痒くて痒くてよく足湯ならぬ手湯で治癒を試みていました。雪かきが仕事でした。新雪は軽いのですが降り積もってしまるととても重い雪になり重労働でした。年に一人二人屋根雪がずり落ちて下敷きになるひともありました。昭和38年の38豪雪では通学列車が止まり一週間ほど高校が休校になったものです。母は田舎の小学校の教師をしていましたが、冬場は自転車も使えず遠い雪道を歩いて学校へ行っていました。いろんな苦労をして三人の子どもを育ててくれたことに感謝しています。雪景色は綺麗なのですが、雪国の人間にとっては冬は我慢の季節なのです。

雪の色 古里の色 母の色   潤

今日(1月25日)は、

【日本最低気温の日】 1902年の今日、旭川市でマイナス41℃を記録したそうです。今日も寒い…。

*ここ前橋市は凄い風が吹きましたが降雪はありません。どちら様にも暴風雪の被害が及びませんように。

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