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 関根栄一作詞、團伊玖磨作曲 1950年

    あんまりいそいでこっつんこ ありさんとありさんがこっつんこ

    あっちいってちょんちょん こっちきてちょん

    あいたたごめんよそのひょうし わすれたわすれたおつかいを

    あっちいってちょんちょん こっちきてちょん

 長男が回らない舌で歌っていたから覚えたのか、その前から知っていたのか、今となっては判然としない。インターネットで検索して、1950年の作品と知って驚いた。

 なにしろ、団扇は1949年の生まれだから。それに、ごっつんこと思い込んでいた歌詞がこっつんこであったことも再認識した。なるほど蟻と蟻がぶつかって、ごつんなどと大きな音量は発生しないのだ。

 蟻と蟻が接触あるいは接触ぎりぎりまで接近して、情報または物品?を交換しているようなに見える様子を「こっつんこ」と表現した見事さに惚れたのも、わがご幼少のころの出来事か、息子が歌っていた頃の感慨かだから定かではない。

 動物は、無意味には接触しないものである。朝夕のラッシュ時でも、接触しないように巧みに人混みを縫って歩くのであって、仮に接触したら「失礼」と詫びるのがマナーというより、身の安全を守るための知恵である。

 だから、接触しかも並大抵でない接触を無理やりさせる通勤列車は、人権無視以前に、動物界の掟に反しているのである。「痴漢は犯罪です」なんてポスターも、そのものが罪であるわけだ。空いた乗り物の中で、わざわざ近づいて行って、尻に触る痴漢など見たことがないし勿論したこともない。

 接触どころか、知らぬ者同士は一定の距離を置くのも動物界の掟である。車両の席が埋まっていく順を見れば明らかなように、端が最初に埋まり次に間を置いてポツンポツンと埋まり、間に割り込むのは最後である。(ただし寒い朝は真中から埋まることもある。)横並びの席と、ボックス型の席の違いも面白い。横並びの席は一般市民に開かれた空間であるから、横に座るのに先客の了解を得る必要はない。それに対し、ボックス席は状況によっては閉じられた空間になることを期待して作られた空間であるから、了解を得た方が無難である。四人ボックスに最初の客Aだけがいた場合、次の客BはAの臨席でなく、斜め前に座らなくてはならない。

 男女の違いも観察と考察の価値がある。若い女性の隣に座りたそうな素振りの男性が、

しばらくの躊躇いの後に年配の男性の横に座る様子など、なかなかに面白い見世物であり、その光景に対して他者との共感が得られればさらに面白くなる。

 知った同士が並びたがるのは、両者の接近や接触を望むというよりは、知らぬものを回避する目的の方が多いようである。

 おやおや大脱線。「ありさん考」が「接触考」になってしまったので、この続きはまたの機会に譲って。 一句。

       がらがらのバスで隣に座られる

 これが、いかに不自然で不気味なことであったか、お分かりいただけると思う。

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