
青木繁「海の幸」記念館を保存する会から、開館10周年の記念誌が送られて来ました。川崎市立玉川中学校の3年D組の担任の山口栄彦先生が布良(めら)の御出身で、その縁で会員の300分の1に連座させて頂いています。

「青木繁は、路銀が無くなって困っていたところを、田村医師から紹介されて小谷家に来た」と伝えられます。小谷家は、地元でも若者等にも理解のあるマグロ船の船主でした。青木は、ひと月半も逗留し、福田たねをモデルにした作品などを残しました。目を凝らしてご覧下さい。裸の漁民が並ぶ真ん中に、まったく不釣り合いな女性の顔が浮かんでいます。たねさんと思われます。

小谷家の全貌です。団扇も二度訪れています。
1904年(明治37年)7月15日、ある画学生が、東京美術学校を卒業後間もなく、仲間3人と共に房州布良に写生旅行に向かいます。館山から布良までは陸路を徒歩で訪れました。路銀に事欠く様子が知れます。
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