文筆の力は「子猫に名前がつけられるか」が試金石だと・・・・。
十九世紀の英国の小説家サミュエル・バトラー。
筆者の三毛猫は「三毛」谷崎純一郎のペルシャ猫は「ペル」
内田百閒の野良猫は「ノラ」漱石の主役の猫「名無し」
東京新聞筆洗い2015/12/5夕刊より
漱石に及ぶはずはないものの、町内の猫の名付け親に名乗りをあげた団扇のチャレンジ精神は褒めてやっても良いかも知れないと思う。
家の○○隣で××と呼ばれてる という句に出会ったことがある。○○と××は猫によくある名前て、なんだったか覚えていない。○○が優柔不断なのか強かなのかはさておき、××と呼ばれても、ニャーと応えて餌を貰う○○を天晴だと作者は考えている。
○○がポチで××がロンでは成り立たない句だと思う。だから、この句の手柄は作者でなくて猫にある。ただ、××と名付けた隣人よりも○○と名付けた私に、猫の占有権があるという密かな喜びが作者にはあるのだろう。
「私は、実は、好きじゃあないのです。世間では、よっぽど猫好きのように思っているが、犬の方が、ずっと、好きです」と漱石は言ったそうだ。
団扇はネコ派でもイヌ派でもない中間派だが、イヌよりもネコに好かれる。なんでだろう、なんでだろう。
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