1970年代から関東の若い女性が使うようになったという「尻上がりイントネーション」は、「それでー、あたしがー」のように文節末を伸ばすとともに、文節末で上昇し下降する(昇降調)特徴を持つ、このイントネーションは狭義のモダリティ機能を持たないが、まだ会話の途中であり相手に話のターンを渡さないという談話上の機能を持つと考えられている。また、このイントネーションはしばしば「幼い」「甘え」「軽薄」といったネガチィブなイメージと結びつくという。 (56ページ)
いやいや、長くて理屈っぽい文章ですね。でも、なるほどと納得できる内容ですね。「それでー」という話者は、「わたしが、しゃべっているあいだは、くちはさまないでね」という後に引かない強い意志を持っていますが、その手段として、こういう表現を採用しているという意識なり知恵を持っているわけではないようです。それに、相手に「幼い」とか「軽薄」だと思われようと、自分の「甘え」を通すことの方を優先したいと「深く潜在的に」思っているということでしょう。
このように、アクセントに関わる「文法の構造」も、文法の学者の解釈の問題であり、話者が文法に沿って語っているのでなはいということなんですね。「生きていてゆれ続けている日本語」と、それを「追い掛け続けている文法」の関係、興味の尽きないところです。
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