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☝ この夏、盛岡で買い求めた復刻版

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☝ ノートの罫線の色合いまで、そのままの復刻。

歌は私の悲しい玩具である

呼吸すれば、胸の中にてなる音あり。凩よりもさびしきその音!

「手書きの原稿のそこかしこに、たくさんの推敲の跡ががあるに違いない」という期待はすっかり裏切られて、痕跡は皆無に近いノートでした。あちらこちらに書き散らした歌を清書したノートなのでしょうか。

推敲の跡を残さぬ電子文字

ケータイのメモ機能を使って作句することが多くなりました。この段階での推敲は跡を残しません。それを印字したり筆写するノートを使用しています。句会の席で短冊に書き写すとき、郵便で投句するとき、句を直すことがありますが、その最終の推敲の跡だけは残ります。

筆記の手段が変わることにより、思考の順序や組み立てが変化したことに高い関心があります。かつての作家のイメージは、和机に座布団に愛用の万年筆、灰皿にたまった吸殻に背後に放り投げられた書き損じの原稿用紙です。どなたでしたか、歴史小説の登場人物名をゴム判にして後から原稿用紙を埋めたという話も聞きました。

ちひつ【遅筆】文章などを書くのが遅いこと。➡対義語:速筆。遅筆堂の異名を持つ故井上ひさしさん。彼の遅筆は「推敲が丹念」な故と思われます。どなたか、その過程を研究する方はいないものでしょうか。

団扇の遅筆は「悪筆」の所為です。構想は人並みに湧いてくるし、筆も走るのだけれど、後で自分でも読めない原稿なのです。そんな原稿を読み直していると、構想がガタガタに破壊されて、焦燥感だけが残るのです。だから、電子文字は救いでした。

三つほど先輩に「速記」の達人がいました。私は「速記」とは他者の発言を「速記」するためにだけにあると信じていましたが、この方は自分の原稿作成に「速記」を併用していました。

「近くまで行ったけれど留守だった」(不正確な記憶ですが)という葉書を徒歩で行ける距離の友人に出した文人(鴎外かな)がいました。私は使い始めの頃、FAXを出した後に、着いたかと電話したこともあります。しばらく、メールを開かないと、不誠実となじられることもあります。口も筆も滑らないのに、指先が滑る失敗は最近のことです。

句会場で限られた時間にされた選を、選者の口頭による披講で耳で受け止めて、感心したりしなかったりと、誌上によるそれらのプロセスには大きな差異があるように思われます。

あっ、明日の朝早いのに、指が滑ってしまいました。

 

 

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