ひとつ、投票率、特に青年の投票率が低くなりそうという報道について。
若い人が投票に行かないのは、政治に期待していないから。だから、原因は青年でなくて政治にある。この常識的な分析と見解を述べない報道はおかし過ぎる。「世代の差」というように、半ば宿命的に捉えるのも間違っていると思う。私を含む60代は、此処へ来てにわかに投票率が上がったわけではない。20代のころから高い投票率を維持している
のだと思う。投票行動が政治を動かしてきた体験の積み重ねがあるからだ。そう思うと、体験もなく、未来に希望の持てない若者に涙がでるほどだ。
ふたつ、「身を切る」という政策の根本的な誤りについて。
国会議員の定数を減らすことを、「身を切る」と表現するのは、根本的におかしい。国会議員は国民に託された「おおやけ」の財産であり、私物ではない。国民の期待に応えて「身を粉にして」働くのが本質だ。「身を粉にして働いているが、手に余る」と言っても、不思議ではないのに、これでは、「わたしも大して働いていないから」と白状しているようなものだ。「身を切る」というのならアンパンマンにこそ学べ。
みっつ、増税は必ずやります。軽減に努力しますというちんぷんかんぷん。
消費税10%は一年半後には必ずやるという。このこと自体の可否は敢えて言わないが、「食料品などの軽減」を政策のトップに置くのには面食らう。「ヨーロッパの高い消費税には、食料品などは例外」というのはよく知られた事実である。それに倣うのであれば、消費税導入時から、さらに5%、8%のときにも主張すべきではなかったのか。そういう本質的な税制のありかたとは無関係に、10%にオブラートをかぶせているにすぎないと思われる。しかも、10%は「必ず」で、軽減は「努力目標」というのだから噴飯ものである。軽減というが内容は、8%に据え置きということが明らかになってきた。
仮に「米」だけが8%に据え置かれたとして、鮭弁当には、どういう税率がかかるのだろう。五目飯の握り飯はどうするのか。笑い話にもならない。
先日、ある心の許せる同年輩の川柳家と電話で話す機会あった。大変に政治に関心があって、「選挙予測」を楽しみにしている方だった。政治的な課題を詠む時事川柳、深い深い分析の上に、誰かさんの鸚鵡返しにならないような作品にしたいもの。
世代的な差
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