
昨日は港区豊岡川柳教室、先月親族の葬儀と重なり休会にしたので、お題は持ち越して『根菜』でした。人参・大根・蓮根を詠み込んだ句がズラリと並びましたが、なぜか牛蒡は除け者にされのが不思議でした。「不思議」といえば、「蓮根にどうして穴があるかが不思議」という同想句が二句ありました。一句は欠席投句だったので、句意は聞けませんでしたが、もう一句の背景は「アメリカの友人が蓮根の穴を気味悪いといって食べようとしない」というエピソードでした。その事実に全く触れずに「不思議」への共感?を求めるだけの句になってしまいました。団扇は「穴の存在」に疑問を持ったことがないこと、「穴の数」には関心があったことを披露?しました。さて、句に仕立てるとしたら、①蓮根の穴を数えたことがない ②蓮根は穴を数えてから食べる とどちらが良いでしょうか?①は〈気にはなったが数えたことがない〉という意味になり、〈そう言えばそうだね〉という共感?を呼びそうですね。②は〈まさか、嘘でしょ。それでいくつだったの?あれ、数えるたびに違うの?〉と興味?を広げるかも知れません。〈蓮根に穴のある理由〉〈蓮根の穴の数〉はスマホでたちどころに出ますのでどうぞお調べください。前々回のブログで流行語大賞について触れました。「ふてほど」に?を表明しましたが、「裏金問題」を選んだら政権にさらに打撃を与えてしまうと言う〈紳士的?な遠慮〉があったのではないでしょうか?考えてみれば、今年一年間で「裏金問題」ほど〈ほどのない不適切〉はありませんでした。やっぱり「裏金問題」が影のナンバーワンで、「ふてほど」がそのリードの役割を果たすことになったのも皮肉ですね。
Loading...
















































