選挙の話題が続いたところで、突如立川談志を思い出した。団扇の中で談志の評価は揺れているけれど、無視?できない存在である。(当然過ぎる)1971年6月の参議院選挙に立候補した時に、茗荷谷の大学の前で演説をぶった。その中で、「共産党の赤旗新聞は政党機関誌だから、割り引いて読まなくちゃいけないけれど、いい事が書いてある」という件があった。うーんと感心した記憶がある。文楽師匠の家の前で演説して「師匠よろしく」と言ったら、カラカラと戸が開いて「ようがすよ」と手を振ったと言う話は後日談。「ようがす」はどうにでも解釈が出来る。いつもながら、50年以上の前のことを〈そのまんま〉記憶しているのが、団扇の病的な特技。その瞬間の自分の価値感で装飾?歪曲?しないのが価値であると思う。「事実でない解釈」が歴史になったら空恐ろしいことである。26日の成増吟社まで、句会も締め切りもない。ホントかな?

お笑い三人組時代の小金馬さんでしょうか?
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